January 03, 2006
東京タワー
昨年末は、仕事もばたばたでよろよろしてました。で、それならばと景気つけにハードカーバーの本を買って読んでた。話題の「東京タワー」。忘年会とかでさんざん飲んだ帰り道、読み進めるとこれが泣く泣く。涙腺緩むのはアルコールのせいか歳のせいか。今日の朝日新聞に「泣きたがるニッポン人」という記事がありましたがコレだね。あまりにも打算に溢れた時代に、病気とかそういうディスアドバンテージの上に成立する恋愛が純粋性をアピールするというソレ。
男女の純愛モノはあまりにも縁遠くて感情移入できませんケド、親が子をおもう献身的な愛にはすごく泣く。映画でいえば「ライフイズビューティフル」もそれ。むかし「ステラ」も観て泣いた。こういう親子の関係性は、「利己的な遺伝子」に裏付けられた打算的といえばそれこそこの上なく打算的な純愛。DNAにプログラミングされた遺伝的アルゴリズムたちによるゲームの理論。ぼく自身にしたって多少は不完全ながら立派に自己増殖してきたプログラムのインスタンスなんだから、これには感情移入します。遺伝子的に泣けちゃう。泣きました、はい、不完全なりに。
January 16, 2005
のだめカンタービレ 11
う。のだめカンタービレ 11巻、出てたんですね。ぜんぜん気づいていませんでした。買わなくちゃ。海外進出で荒唐無稽感漂ってきた10巻の最後、真一はヤラれギミでしたよね。あのつづきはどうなってるの?
さすがに本屋さんでKissを立ち読みするのもアレなので、単行本が頼み。昨日、スタッドレスとETC買ったばかりで財布の紐は引き締めるべきタイミングですが、でもこればっかりは仕方ないな。うん、仕方ない。
January 18, 2005追記
「のだめカンタービレ 11巻」読みました。面白かったですよ。
以前、1巻から10巻を読んだときにも書きましたが、このマンガ、ぼくの場合は登場人物が「ふと気づく」カンジの描写が好きです。
登場するひとたちが「ひとのふり見て我がふり直す」とゆーか、自分のしてしまったことの意味やひとの態度の裏側にある気持ちとかにふと気づいて、客観的に反省したりできることをしようと試みたりする、なんかそういう素直なカンジにココロ洗われました。
けど、もう少し話が進んでほしかった。というより、もっと読みたい。この際、Kissを立ち読み? いや、購読しちゃうのか? (しません)
投稿者 yam : 02:28 AM
December 08, 2004
Crash
夏にオアフで買ってずっと寝かせていた "Crash" (Jerry Spinelli) をようやく読み終わりました。一応、多読のつもりで読む児童文学なのですが、このひとの本はぼくには少し難しい。辞書ひかないと意味が取れない単語とかわりと出てきます。でも面倒なのでひかずに飛ばして読んじゃうんですけどね。
好戦的で体が大きくて足も速くてそしてフットボールのスター選手、両親共働きでがんばってくれてるおかげでいい服も着てる、けっこう天狗になっちゃってる男の子が、おじいちゃんの病気をきっかけにちょっと大人になる。と、まーぼくの理解ではそういうお話です。書評では説教くさくなくモラルを語ることに成功していると評されているようですが、実際にはどう考えても説教くさい内容です。なのに、このひとが書くと、何かいいんです。
なんででしょうね? 語り口のよさもきっと効いていると思います。手放しに好感を持てるわけじゃないけどでも憎めない登場人物たちのキャラクターづくりも効いてる。子供という生き物が持っている特有の性質、老人という生き物が持っている特有の性質、そして、親という生き物が持っている特有の性質、そういう読者という生き物がどうしても愛のようなものを感じざるを得ない性質たちを、乾いた筆致でさらっと綴るのがうまいせいかもしれません。
このひとの作品は "Stargirl" ですっかりやられてしまい、好きになってしまいました。実はこの原書はまだ読まずに積んであって、前に読んだのは翻訳のハードカバーです。表紙の美しさと挟まっていた透明な栞のかわいさにやられましたし、登場人物たちのかわいさにもやられました。結局のところ、ぼくは「変な子」が好きなので、変な子たちを魅力的に描くこのひとの世界観に惹かれちゃうということなのかもしれません。
そういえば "Loser" も読んでみたことあります。これはペイパーバックで読みました。ぼくにはStargirlの方がだいぶ楽しかったですけどね。
投稿者 yam : 11:41 PM
December 05, 2004
人のセックスを笑うな
この2週間ほど読みたくて読みたくて、なのにまだ読んでない本。「人のセックスを笑うな」(山崎 ナオコーラ)。
19歳のオレと39歳のユリ。歳の離れたふたりの危うい恋の行方は? 年上の女性との恋愛をまったく新しい文体で描いたせつなさ100%の恋愛小説。全選考委員がその才能を絶賛した第41回文藝賞受賞作!
何に惹かれるって、高橋源一郎さんが手放しに評価してるのが興味惹かれます。
「この作品について書くべきことはほとんどない。わたしは読んでいて、ひたすら楽しかった。」
もちろん題名もとてもキャッチーですけどネ。読まなくちゃ読まなくちゃ。
December 11, 2004追記
「人のセックスを笑うな」(山崎 ナオコーラ)を買って読みました。
高橋源一郎さんの手放しの評価は、何となくわかる気がしました。きっとひたすらニヤニヤしながら読んだのではないでしょうか。少なくともぼくは全編ニヤニヤしながら読んじゃいました。「まったく新しい文体」も「せつなさ100%」も「才能を絶賛」もぼくには違和感ありましたが、そんなことはどうでもよくて読んでてニヤニヤ。
彼の料理は純粋においしく、「ごはんって楽しい」としみじみ思わせられた。
塩分が舌に当たって、ちりっとして快感に繋がるなんて、生命の神秘だ。
ひとのキモチ、つまり脳の機能のひとつがどんなふうに働いているのか、この作者はよく考えようとしているカンジがしましたヨ。恋も愛もキモチは脳という身体の器官の機能の一部。自分のキモチや相手のキモチをモデル化する働きもそう。何かが入ってきて何かが出てゆく、構成要素はどんどん変わっていきながらどこかにしばらく変わらず残るパターン。これが生命や結婚や恋愛関係とか他のありとあらゆる組織の本質。
装幀の写真は佐内正史さんです。
投稿者 yam : 03:16 PM
November 21, 2004
コミュニケーション力
恋愛も勉強も仕事も、人生のたくさんのことはひととひとのコミュニケーションによって成り立っています。ひとが群れを作って生きる動物である以上は必然的に。コミュニケーションする力がぼくらの人生の質におよぼす影響はものすごく大きい。だからこそ、たくさんの文章や歌は「コミュニケーションがうまくできないワタシ」について語られているのだと思います。相手に感情移入して「わかった気になる」ことがひとの前頭連合野の大切な機能であるにせよ、うまくいかないことはうまくいかない。話せばわかるは嘘だよなー、と本質的な限界にうちひしがれてため息ついてじっと手を見る。そのフラストレーションを原動力にたくさんの作品が生み出されていて受けとめるひとたちの共感を呼んでいる。もちろん、ここで生まれている共感はひとつのコミュニケーションの成立ですから、他のほとんどのことと同様にコミュニケーションも「ある」「ない」のデジタルなモノサシでは計れないもっと連続的なもののはずです。つまり実際には比較的「コミュニケーションが得意な」ひとたちが「ワタシはコミュニケーションが苦手で困っちゃう」と訴えている作品がとても多い。みんな自分が望んでいるほどにはうまくない、と「苦手意識」を訴える時代なのだと感じます。
「コミュニケーション力」(斎藤 孝)は、コミュニケーションに対して「得意意識」を持った著者がてらいもなく自慢げにそれを書いている新書です。探せばこういう本もたくさんあるのかもしれませんが、ぼくが読む文章の中では異彩を放っています。それがとても面白かったです。コミュニケーションもキャッチボールと同じように技能であって、上手さも下手さも連続的なもの。それに普通のひとが思っている以上に身体的な能力。だから、そう捉えてトレーニングすれば、プロにはなれないまでも昨日より明日の方が上手くなることはできるよ、と、とても前向き。やはりこれは得意意識のあるひとだけが書ける技ですね。自信は力です。
そういうわけで全般にわりと面白かったのですが、特に共感したのは「過去・未来を見通す」という節です。
ルドルフ・シュタイナーの本を読んでいるときに、人間を種子として見よ、という言葉があった。相手を現在のあり方だけで見るのではなく、その人の遥か過去と未来を見通して見ろ、ということであった。どこから来てどこへ行くのか。どういう過去からやってきて、どういう未来に向かっていこうとしているのか、そういう途上の人として現在の相手を見る。これは一種の宗教的とも言える眼力トレーニングだ。
(略)そのような連続した生として相手を見ること自体が、相手に対する見方を変えるのである。遺伝子という決定的な運命を担う存在として、人間は、その生を生きなければならない。そうした宿命を負うもの同士としてお互いを見ることができれば、コミュニケーションの余裕も変わってくるにちがいない。
うーん、ポジティブです。同じテーマからネガティブフィードバックの袋小路に落ち込んで行って自分の傷を舐める展開もありえるはずなのですが。好きこそものの上手なれ。参考にしたいものだと、ホント素直に思わされました。
投稿者 yam : 03:13 PM
October 31, 2004
頭がいい人、悪い人の話し方
ちょっとしたきっかけから「頭がいい人、悪い人の話し方」(樋口 裕一)を買って読んでみました。きっかけというのはたいした話ではなくて、つい先日に同じ著者の別の著書を読んでみたせいです。自分でもろくに書けないくせに、ひとの書いた文章を添削しなければならない機会があったので、この2週間はこの手の本を何冊か買いあさって読んでいたのでした。というわけで、小論文の書き方に関係しそうな数冊についてはまたそのうちに。
さて、「頭がいい人、悪い人の話し方」ですが、なかなか微妙な本でした。面白いといえば面白かったのですが、これは楽しみ方にこつが要るなーと思いました。つまり、「あー、これは、あのひとの話し方だな」と、当てはまりそうなひとを思い浮かべながら読むとちょっと楽しめます。できれば、好きでない上司や先輩なんかを思い浮かべた方が楽しめると思います。これを逆に「当然いくつかは自分にも当てはまるはずだから、欠点に気づいて改善するために役立てよう」みたいな謙虚な姿勢で読もうとすると、どうにもつまらない本かもしれません。そう感じた理由を特に分析はしませんが、この本の全編に流れるトーンとしての「頭の悪さ」に対する攻撃性や「知性」に対する盲信のようなものが鼻についちゃって、なんとなく落ち着かなくなったのかも。
ずいぶん前に何かの本で読みましたが、人間関係におけるスキルの高さ、つまり如才なさこそが、もっとも端的に「知性」を感じさせる、という調査結果があるんだそうです。嫌いなひとの話し方のタイプが批判されているのを見つけて笑って、それでストレス発散しながら如才なくつきあい続けることができれば、ひとの目に映るあなたはきっともっと「頭のいい人」に見えるはず。そういう意味ではおススメの一冊です。
投稿者 yam : 02:29 AM
October 12, 2004
Confessions of a Shopaholic
以前、多読のおススメ本として "Master of the Game" について書きましたが、今度は "Confessions of a Shopaholic" (Sophie Kinsella) です。いろいろなレビューによるとこれは世界中の女性に共感されて売れた作品みたいデスね。主人公のレベッカは経済ジャーナリストですが買い物依存症で自己破産寸前です。ロンドンでダメに生きてる、でも憎めない女性を描いた作品で、こういうところは今度また書きますけど映画にもなった別の作品を彷彿とさせます。山積みだったはずの問題の解決っぷりやいとも簡単にお金持ちの男性と知り合うあたりは、笑い事じゃない人生を生きてる現実のぼくたちが気の毒になるぐらいのご都合主義です。でも、きっとこれでいいんですね。小説なんだし。ちょっとホロリときたりして、つられて元気になったりもしますし。お気に入りの買い物ができてそれでストレスがちょっとでも発散できたら、そして、ひとに迷惑かけずにちゃんと支払うこともできたなら、とりあえずよしとしましょう。うんうん。悔やむことなんて何もありませんよね。うんうん。
そうです。実はぼく自身も買い物依存症かもしれません。夏に買った続編もまだ読んでなかったりしますし。
投稿者 yam : 04:40 AM
October 11, 2004
Master of the Game
仕事の先輩から借りてた "Master of the Game" (Sidney Sheldon) を読み終わりました。「ゲームの達人」の原書です。評判どおりの読みやすい英語でわりとすぐに読み終わりました。といってもぼくにはけっこうわからない文章ありましたケドね。
この作家の作品は翻訳も含めてはじめて読んだのですが、「なるほどベストセラー作家」という感想。これほどまでに文学くささを感じさせないのは潔くてむしろ爽快。読みやすさ、読み進めやすさを追求した職人芸の大衆文学。流行りを通り越してもはや定番の英語の勉強法、「多読」のテキストにはちょうどいいカンジですね。辞書ひかずに語数かせぎたい読者には実におススメ。ってこれも定評通り。ほとんど無理矢理のように貸してくれた先輩に感謝。
投稿者 yam : 08:23 AM
October 10, 2004
のだめカンタービレ
颱風22号。首都圏に上陸しちゃう50年ぶりの大型颱風と聞いて、準備万端。おとといの晩の仕事帰り、雨の渋谷で本屋さんによって「のだめカンタービレ」(二ノ宮 知子)の1巻から10巻まで購入。ひさびさのマンガはとても面白くていっぺんに読んじゃった。クラッシックはぜんぜんわかりませんが、学生のころクラッシックやってる女の子のことはとても好きだったこと思い出しました。てゆーか、好きになった女の子にクラッシク好きで楽器やってるコが多かったんですね。そういえば変なコのことも好きでした。
登場するひとたちが「ひとのふり見て我がふり直す」とゆーか、自分のしてしまったことの意味やひとの態度の裏側にある気持ちとかにふと気づいて、客観的に反省したりできることをしようと試みたりする、なんかそういう素直なカンジにココロ洗われました。何度も思いっきり笑ったし。雨の中、ひとり家に閉じこもって大笑いしてるのもキモいけどね。
投稿者 yam : 05:42 AM


