情報技術による社会変化、つまり「情報革命」は社会に指数関数的な変化をもたらしています。情報革命は企業から顧客へのパワーシフトをもたらし、テクノロジ企業による従来市場の破壊をもたらし、そしてひとの価値観を変えすべてのモノをサービスにしてきました。
このような時代に、企業は売り切りでは終わることはできず、顧客との継続的なつながりに基づく事業を行うことになります。企業が「顧客とのつながり」を維持・強化するためには、企業は顧客を「成功」させつづけなければなりません。顧客の成功とはすなわち顧客が望む顧客自身の進歩です。企業が成長するための条件は、顧客を成功させつづけることであり、顧客を進歩させつづけることです。どうすればそれが実現できるでしょうか?
デジタルの時代の経営について、一緒に考えていきましょう。
3 「カスタマーサクセス指向のサービスマネジメント」の提案
本章では、多くのモノやコトが「サービスとして(as-a-service)」提供されつつある現在の市場環境の観点から価値共創の概念を考察し、成長企業経営に指針を与えるような具体性への接地を試みる。そして、新たに「カスタマーサクセス指向のサービスマネジメント」のモデルを提案する。
「カスタマーサクセス指向のサービスマネジメント」は以下を特徴とする経営のフレームワークである。
- S-Dロジックと同様に「サービス」を基本的な基盤とする
- 「価値共創」とはジョブの成功、すなわち顧客が抱える片付けるべき用事の片付け、顧客が特定の状況で成し遂げようとするプログレス(進歩)の成功であると見なす
- 資源統合者である顧客は、進歩を成し遂げるための価値共創者として企業のサービスを雇い(ハイアし)、ハイアされた企業は価値共創スペースの中で一時的な「顧客とのつながり」を得る
- 顧客が成し遂げようとした進歩を遂げること、すなわち「顧客の成功」を目的として、企業は価値提案の継続的な開発とサービスの提供を行う
- 資源統合者である顧客は、価値共創スペースの中で、同じ進歩を成し遂げようとする他の顧客とつながり常に会話(サービスの交換と資源の統合)を行う「エコシステム」を構成している
3.2. 価値共創とは顧客が進歩を成し遂げること
本稿の「カスタマーサクセス指向のサービスマネジメント」において、「価値共創」とはジョブの成功、すなわち顧客が抱える片付けるべき用事の片付け、顧客が特定の状況で成し遂げようとするプログレス(進歩)の成功であると見なす。
先行研究の検討から、継続的な「顧客とのつながり」に焦点を当てる上で「価値共創」の概念が有効であることが言えた。村松(2015)は価値共創について以下のように説明している。
価値共創は、言うまでもなく、顧客の消費プロセスで企業と顧客によって行われる。両者は常に向かい合っており、直接的な相互作用関係にある。そして、そこで共創された価値は、顧客が独自に判断する。したがって、企業のマーケティングとしては、顧客の消費プロセスに入り込むことで直接的関係を創り上げ、相互作用関係のもとで、いかにして顧客との価値共創を進め、文脈価値に結び付けていくかが課題となる。
具体的には、価値共創は、ナレッジとスキルの適用を意味するサービスの交換によって成り立つのであり、そこには、与え手としての企業と受け手としての顧客が存在する。そして、サービスがそうであるように、価値共創も顧客によって起動し、顧客による文脈価値の判断をもって1つの区切りをつけ、さらに時間的・空間的広がりをもって展開していく 1
しかしながら成長企業経営を議論するためには、成長企業の立場から見た「価値共創」の概念に具体性を補強することの必要性も認識された。そこでここでは「価値共創」概念を、企業の努力によって「顧客が進歩を成し遂げること」と説明することによる具体化を試みる。
パイン, ギルモア(2005)は、経済価値の進展を、コモディティの抽出から製品の製造へ、製品の製造からサービスの提供へ、サービスの提供から経験の演出へ、そして経験の演出から変革への誘導への進展と捉えた。最終段階の変革経済において、企業の売り物は「変革した顧客」になると主張する。
変革の場合、企業の売り物はその企業がビジネスをとおして実現した「変化した個人、または企業」なのである。変革の場合は顧客が商品なのだ。変革を求める人は「私を変えて」と言っているようなものだ。企業が売っているのは、モノを作る原材料でもなければ、その原材料を使ってつくるモノでもない。企業が手がけるプロセスでもイベントでもない。企業が変革を導く際の売り物は、変革を希望するその人自身だ。 2
クリステンセン, ホール, ディロン, ダンカン(2017)は、顧客の選択(顧客がどの製品・サービスを選択するか)のメカニズムを解き明かすことによってイノベーションを運頼みから予測可能なものとすることを試みている。顧客に特定のプロダクト・サービスを購入して使用するという行為を起こさせるものは何か、ジョブ理論が答えを出せると主張する。
ジョブ理論の中核には、単純だが強力な知見が込められている。顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。この「進歩」のことを、顧客が片付けるべき「ジョブ」と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという比喩的な言い方をしている。この概念を理解すれば、顧客のジョブを発見するという考え方が直感的にわかるようになる。 3
そしてジョブを「ある特定の状況で人が遂げようとする進歩」と定義する。ジョブとは進歩を引き起こすプロセスであり、独立したイベントではない。進歩は、特定の問題を苦労して解決するという形をとることが多いが、それはひとつの形態にすぎず、苦労や問題を伴わないジョブもある。
ジョブの定義には「状況」が含まれる。ジョブはそれが生じた特定の文脈(コンテクスト)に関連してのみ定義することができ、同じように、有効な解決策も特定の文脈に関連してのみもたらすことができる。状況が不可欠なのは、なし遂げたい進歩の性質が状況に強く影響されるからである。
ジョブの基本定義として以下が挙げられている。
- ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩である。
- 成功するイノベーションは、顧客のなし遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する。また、それまでは物足りない解決策しかなかったジョブ、あるいは解決策が存在しなかったジョブを片付ける。
- ジョブは機能面だけでとらえることはできない。社会的および感情的側面も重要であり、こちらの方が機能面より強く作用する場合もある。
- ジョブは日々の生活のなかで発生するので、その文脈を説明する「状況」が定義の中心に来る。イノベーションを生むのに不可欠な構成要素は、顧客の特性でもプロダクトの属性でも新しいテクノロジーでもトレンドでもなく「状況」である。
- 片付けるべきジョブは、継続し反復するものである。独立したイベントであることはめったにない。
ここでイノベーションやプログレス(進歩)という響きが、成長企業経営の現場に距離感を抱かせるかもしれない。しかし、これは基本的にマーケティング技術の市場細分化に関する状況ベースの分類化手法の理論に過ぎないという見方によって、さらに身近な問題意識に引き寄せることができるだろう。
ジョブ理論より以前、クリステンセン, レイナー(2003)は、顧客が特定の「用事」を片付けるために製品を「雇う」という考えに基づく市場細分化の手法を説明している。もちろん「ジョブ」と「用事」は同じ意味の訳語である。
マーケティングで狙い通りの成果をあげるためには、顧客がものを購入したり利用したりする状況を理解することが欠かせない。具体的に言えば、顧客(個人や企業)の生活にはさまざまな「用事」がしょっちゅう発生し、彼らはとにかくそれを片づけなくてはならない。顧客は用事を片付けなければならないことに気付くと、その用事を片づけるために「雇える」製品やサービスがないものかと探し回る。顧客は実際、こんな風に暮らしているのだ。彼らの思考プロセスには、まず何かを片付けなくてはという認識が生じ、次に彼らはその用事をできるだけ効果的に、手軽に、そして安くこなせる物または人を雇おうとする。顧客が製品を購入する状況を構成するのは、顧客が片づけなくてはならない用事の機能的、感情的、社会的な側面である。わかりやすく言えば、顧客が片付けようとする「用事」や、その用事を通じて達成しようとする成果が、状況ベースの市場区分を構成するのである。製品のターゲットを顧客そのものではなく、顧客が置かれている状況に絞る企業が、狙い通り成功する製品を導入できる企業である。別の言い方をすれば、鍵となる分析単位は、顧客ではなく状況なのだ。 4
彼らは、「顧客ではなく状況に的を絞った製品を開発する必要があるのと同様に、顧客に対してではなく、状況に対してコミュニケートするのだ」と、広告とブランドの議論も展開している。
適切なブランド戦略に従えば、ブランドを通じて、状況にコミュニケートできる。チェーンがこれを実行すれば、顧客はその状況に陥ったとき、そのブランドを直観的に思い出し、その仕事を片づけるためにどの製品を購入すればいいかを知るだろう。 5
本稿の新規の提案は、S-Dロジックを中心とするサービスのマーケティング理論で議論されている「価値共創」の概念を、ジョブ理論と連結することで、具体化を図ろうとするものである。そこで、「カスタマーサクセス指向のサービスマネジメント」において、「価値共創」とはジョブの成功、すなわち顧客が抱える片付けるべき用事の片付け、顧客が特定の状況で成し遂げようとするプログレス(進歩)の成功であると見なす。(図表 17)
図表 17 価値共創と進歩のモデル
出典:筆者作成
顧客は内部に複数の成し遂げるべきジョブ $j_n$ を抱えており、ジョブは顧客自身の状況 $c_n$ を状況 $c_n’$ へと変える進歩である。企業(当社)が価値提案するサービスが、顧客が解決しようとするジョブの解決に役立つとき、資源統合者である顧客は、進歩を成し遂げるための価値共創者として、企業のサービスを雇用する。ここで、ある状況において成し遂げたい進歩を成し遂げるのはあくまでも顧客自身である。 6
ここまで検討した具体化によって、価値共創のS-Dロジックの公理2「顧客は常に価値の共創者である」、基本的前提7「事業体は価値を提供することはできず、価値提案しかできない」を自然に議論できるようになる。本節では、「価値共創」概念のジョブ理論に基づく具体化を行った。
参考文献
村松潤一 (2015) 「価値共創型企業システムとマーケティング研究」, 村松潤一 編著『価値共創とマーケティング論』同文舘出版 pp. 154-170.
Edwards, W. K. (1999). Core Jini, Prentice Hall PTR.
パイン II, B. J., ギルモア, J. H. 著, 岡本慶一・小高尚子 訳 (2005) 『[新訳] 経験経済—脱コモディティ化のマーケティング戦略』ダイヤモンド社.
クリステンセン, クレイトン M., ホール, タディ., ディロン, カレン., ダンカン, デイビッド S. 著, 依田光江 訳 (2017) 『ジョブ理論—イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ ジャパン.
クリステンセン, クレイトン M., レイナー, マイケル 著, 櫻井祐子 訳 (2003) 『イノベーションへの解』翔泳社.
- 村松(2015)pp. 160-161 ↩
- パイン, ギルモア(2005)p. 188. ↩
- クリステンセン, ホール, ディロン, ダンカン(2017)p. 58. ↩
- クリステンセン, レイナー(2003)p. 92. ↩
- クリステンセン, レイナー(2003)p. 117. ↩
- パイン, ギルモア(2005)は「馬を水飲み場に連れていくことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」という古い諺を持ち出して、誰も他人に変化を強いることはできないと説明している。すなわち、変革経済にあってすべての変革は顧客自身のなかで起こるのであり(p. 195)、企業は変革を導く「ガイド」の立場を目指すのである(p. 186)。 ↩