情報技術による社会変化、つまり「情報革命」は社会に指数関数的な変化をもたらしています。情報革命は企業から顧客へのパワーシフトをもたらし、テクノロジ企業による従来市場の破壊をもたらし、そしてひとの価値観を変えすべてのモノをサービスにしてきました。

このような時代に、企業は売り切りでは終わることはできず、顧客との継続的なつながりに基づく事業を行うことになります。企業が「顧客とのつながり」を維持・強化するためには、企業は顧客を「成功」させつづけなければなりません。顧客の成功とはすなわち顧客が望む顧客自身の進歩です。企業が成長するための条件は、顧客を成功させつづけることであり、顧客を進歩させつづけることです。どうすればそれが実現できるでしょうか?

デジタルの時代の経営について、一緒に考えていきましょう。

2 「顧客とのつながり」を理解するための先行研究

まず理論面から、本章では、売り切りで終わらない、顧客との継続的なつながりに関する先行研究をレビューする。

2.4. 価値共創とサービス・ドミナント・ロジック

 ここでは、売り切りで終わらず顧客とつながり続けることを重視するマーケットの見方を示すマーケティング研究の1つとしてサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)を取り上げる。

 Vargo and Lush(2004)は「サービス」を、「他者あるいは自身のベネフィットのために、コンピタンス(ナレッジやスキル)を適用すること」と定義している。S-Dロジックの見方では、グッズと貨幣の交換ではなく「サービス」の交換が行われていると見る。

 ラッシュ、バーゴ(2016)は、すべてのアクター(ビジネス企業、非営利組織や政府組織、個人、家庭)が「サービスとサービスの交換および資源統合を通じた価値共創」というただ1つの共通目的を有していると主張する。

 サービスの交換について、ラッシュ、バーゴ(2016)は、物々交換を行う漁師と農家の例をあげて次のように説明する。G-Dロジックでは、魚と穀物というグッズが交換されると見る。S-Dロジックでは、2人のアクターが交換しているのは、たんぱく質を提供するコンピタンスの適用と炭水化物を提供するコンピタンスの適用である。つまり、彼らは、穀物を栽培するというサービスと魚を捕るというサービスを交換していると見る。漁師はいつどこで魚が捕れるかについてのノウハウという知的スキルだけでなく身体的スキルも習得することによって、海から魚を捕獲することに十分熟達する。網、釣り針、槍といった自らを手助けするツールも開発する。これらが漁師のコンピタンスであり、それを適用することが魚を捕るというサービスである。同様に農家は穀物を育て収穫するのに必要な知的および身体的スキルを習得し、自らを手助けするツールを創意工夫して手に入れる。これらが農家のコンピタンスであり、それを適用することが穀物を栽培するというサービスである。

 「他者あるいは自身のベネフィットのために、コンピタンス(ナレッジやスキル)を適用すること」というサービスの定義から、グッズもサービスを提供することになる。グッズは何人かの人がそのグッズを発明や生産するために自身のコンピタンスを適用することからスタートした。そしてその後、そのグッズは他の人に使用される。この意味において、グッズとは「サービス提供のための媒介物としての役割を果たす装置」であると見る。

 資源にはオペランド資源とオペラント資源という2つのタイプがあると見る。オペランド資源とは、一般に静的なもので、価値を提供するには行為が施される必要のある資源である。例えば、金のような天然資源はオペランド資源の典型であり、グッズ(装置)もオペランド資源である。対照的に、オペラント資源とは(ある所与の適切な状況の下で)価値を創造するために他の資源に行為を施すことのできる資源である。オペラント資源で最も明確な事例は人間のコンピタンス(ナレッジとスキル)で、それは金を発見し、採掘し、精製し、成形し、使用する能力のように、価値創造という行動の中で利用される。グッズの場合、意図された価値が創造される前に、グッズを生産する際、さらにはそれを使用する際にもオペラント資源が必要である。

 価値所与で交換価値を基本とする見方のG-Dロジックについて2.1節で取り上げたが、G-DロジックとS-Dロジックには次図に示すようなパースペクティブの対比がある。

図表 9 パースペクティブの対比

出典:ラッシュ, バーゴ (2016) p. 94に基づき作成

 ラッシュ, バーゴ(2016)は、G-Dロジックには多くの問題があり、最も重要な問題のいくつかは、それが焦点を当てる対象に関するものであると批判している。すなわちG-Dロジックの「中心性」が持つ問題として、「グッズ中心性」、「企業中心性」、「交換価値中心性」の3つをあげている。

 彼らが指摘するG-Dロジックの抱える問題の1つ目はそれがグッズ中心性を助長させているということである。レビットが1960年に書いた「マーケティング近視眼」1 で取り上げた鉄道産業と映画産業の事例を引いた上で、ラッシュ, バーゴ(2016)は次のように書いている。

彼は顧客が実際に望み必要としているのは輸送サービシィーズ2 やエンターテイメント・サービシィーズであり、しばしば自社が販売していると思いがちな貨車や客室あるいは映画館の客席といった製品ではないと述べている。要するに、顧客が求めているのはソリューションや経験であって、製品そのものを求めているわけではない。マーケティング近視眼は今日に到るまで続いている。我々が主張したいのは、このマーケティング近視眼の原因は、G-Dロジックに深く浸りきってしまい、マーケティング近視眼が制度化されてしまったことに起因しているということだ。3

 企業は製品を製造しているが、顧客が購入するのは製品ではない。グッズはサービス提供のための手段にすぎない。グッズは手段の1つを提供するものに過ぎず「最終製品」ではない。一般的な見方であるG-Dロジックでは、グッズそれ自体が交換の中心的な目的でないにも関わらずグッズを中心に考えすぎることが問題であると批判している。

 ラッシュ, バーゴ(2016)が批判する、G-Dロジックが抱える問題の2つ目は、「企業中心性」である。G-Dモデルでは、企業が主導的なアクターと見なされるので、企業が経済交換の中心となる。つまり企業はグッズの革新者、開発者、生産者、流通業者、販売促進者であり、企業が市場と交換の中心を表すものと見なされている。他方、市場とは「顧客や消費者」によって構成されるもので、それらはほとんど受動的に(満たされていない需要を抱いて待ちの姿勢でいる)「世の中に存在するもの」として企業から見なされている。企業はグッズを生産し、彼らにそれを販売し、流通させることによって利益を得ているとも考えられている。

 この考え方の何が問題かといえば、企業は中心的なアクターではないにも関わらず、G-Dロジックの見方では企業を中心的に考えすぎることが問題であるという。彼らの考えでは、組織や企業は本来、人間が自身の有する個人的な能力の交換を通じて問題を解決するのを手助けするために考案されたものである。企業や組織ではなく人間こそが、自身の生活という文脈の中で生じる問題を解決するために市場取引を通じた源泉や、私的な源泉、公的な源泉からの資源を統合することによって、福利を共創する主要なアクターである。

 また、個々のあらゆる交換も人間の行動も、時間とともに広がっていく他のプロセスやアクターと結びつけられる継続的なプロセスの一部である。この点において、人的アクターは決してエンド・ユーザーではない。むしろ彼らは、順次、進行している市場取引を通じた交換、私的な交換、公的な交換によって他のアクターの福利にプラスとマイナスの両面から貢献する。このより動的でアクター中心的な経済の見方において、「市場」とは固定的にすでに存在しているものではなく、むしろ絶えず変化している文脈の中で福利を求める人的アクターの継続的な探求目標を表したものである。 4

 つまりG-Dロジックの市場と交換における企業中心性は、多くの人的アクターによる価値の創造を見る見方にそぐわないと批判しているのである。

 批判されているG-Dロジックの3つ目の問題は、「交換価値中心性」を暗黙的に助長させていることである。ラッシュ, バーゴ(2016)によれば、使用価値(使用によって、どの程度、福利に貢献するのか)と対比した際の交換価値(交換の際にどの程度の価値があるのか)の役割について、少なくとも紀元前4世紀以降、論争されてきた。近年、製品すなわち「グッズ」という概念は「効用」(交換価値)が埋め込まれたものであると読み替えられ、交換価値の考え方がビジネス関連の学問分野に採用されている。ラッシュたちは、価値は生産の過程で創造されるのではなく、「消費」と呼ばれる時点、さらに「経験」と呼ばれる時点で創造されるという理解が正しいと主張する。

 ラッシュ、バーゴ(2016)は、S-Dロジックを支える10個の基本的前提と用語を提示している。特に基本的前提のうちの4つはS-Dロジックの本質を捉えているとし、S-Dロジックの公理と呼んでいる。図表 10はS-Dロジックの公理と基本的前提を示す図であり、ラッシュ、バーゴ(2016)(原著はLusch, Vargo 2014)に示されたものである。公理と基本的前提はその後、Vargo, Lusch (2016) においてさらに改定が加えられているが、交換の概念の一般化を重視する立場から、改訂版では公理2の「顧客」という用語すら避けられている。新しい公理2は「価値は受益者を含む複数のアクターたちによって常に共創される」5 と改められた。本稿ではアクターの企業と顧客としての役割を明示して議論するため、差異が論点とならない範囲で改定前の版を引用する。

図表 10 S-Dロジックの公理と基本的前提

出典:ラッシュ, バーゴ (2016) p. 62に基づき作成

 それではここで、以降の議論において重要となる第一、第二、第三の公理と基本的前提の8と9について検討する。

 第一の公理は、「サービスが交換の基本的基盤である」というものである。サービスの定義「他のアクターのベネフィットのためにオペラント資源(ナレッジとスキル)を適用すること」に基づいている。農家と漁師の挿話で議論されたように、アクターがより良い状態になろうと努力するときに交換するのはグッズそれ自体ではなく、基本的には常にサービスである。言い換えれば、サービスとサービスが交換されるということだ。このことは以下の3つを暗示すると主張している。

  1. グッズはサービス提供のための装置である
  2. すべての企業はサービス・ビジネスである
  3. すべての経済がサービス経済である

 そして、交換に貨幣が介在する時には、その貨幣は将来にサービスの提供を受けられる権利があることを表していると見なす。

 第二の公理は、「顧客は常に価値の共創者である」というものである。この公理は、企業を生産者または価値の創造者と見なすG-Dロジックを否定している。この公理は、価値は常に直接あるいはグッズを通じたアクターのインタラクションによって共創されることを示唆している。例えば、患者に医療サービスを提供している医師は、決して単独ではなく、患者と価値を共創している。また、その医師が患者に薬(グッズ)を処方した場合には、その薬はサービス提供を手助けするための装置と見なされる。いずれの場合も、この医師が提供するサービスの使用を通じて価値が共創されると考えることができる。

 第三の公理は、「すべての経済的および社会的アクターが資源統合者である」というものである。統合可能な資源は、様々な源泉からもたらされる。

 S-Dロジックの第四の公理は、「価値は常に受益者によって独自にかつ現象学的に判断される」というものである。ここで、受益者という用語はアクターの包括的な性質を反映している。この公理は、「価値は経験的である」ということを補強している。「経験的」という用語は(英語では)常に肯定的で楽しいなどといった意味を思い起こさせてしまうという理由6 から、「現象学的」という用語を選択している。この公理からの重要なメッセージは、すべての市場オファリング、すべてのサービス提供、すべての価値提案が、各々の唯一無二のアクターによって違ったふうに知覚され統合されるということである。つまり、価値は独自に経験され判断されるということだ。

 基本的前提8は、「サービス中心の考え方は、元来、顧客志向的であり関係的である」というものである。これは「顧客は常に価値の共創者である」という公理2からの論理的な派生である。S-Dロジックのパースペクティブからは、価値は生産と消費という別個のイベントの中で付加されたり埋め込まれたりするのではなく、時間の流れの中で創発され具現化されると見なされる。価値を共創するために、交換アクターたちの活動だけでなく他のアクターたちの活動も時間の流れの中で相互作用的かつ相互依存的に組み合わされるという意味において、徐々に具現化されかつ(直接的およびグッズを通じて間接的に)共創される価値は関係的であるという性質を有している。サービス中心の考え方は、元来顧客志向あるいは受益者志向でもある。その理由は、サービス中心の考え方は企業が受益者のために物事を行うことだけでなく受益者と協力して物事を行うことにも焦点をあてているからだ。サービス中心の考え方は、サービスを提供するアクターとそのサービスの受益者が不可分なモデルなのだ。

 基本的前提9は、「すべての経済的および社会的アクターが資源統合者である」というものである。図表 11には資源を統合する2つの包括的なアクターが示されている。彼らは資源を統合する包括的なアクターであり、また各々のアクターは相手のアクターとの交換の中でベネフィットを獲得する受益者でもある。さらにこの図では、サービスと交換される貨幣(サービス権利)も示されている。この図では2つのアクター間でのサービス交換に焦点の範囲をズームインして狭く捉えてアクターたちを資源統合者とみなした場合のパースペクティブと、2つのアクターによるサービス交換よりも焦点の範囲をズームアウトして広く捉えた場合のパースペクティブも示している。資源統合者とは、他の資源を組み合わせることによって資源を創造するアクターのことである。包括的なアクターたちは価値を共創している。

図表 11 資源統合を通じた交換と価値共創

出典:ラッシュ, バーゴ (2016) p. 89に基づき作成

 ラッシュ、バーゴ(2016)は、「朝食用にシリアルや他の食料品を購入する家族」を例に以下のように説明している。

恐らく、朝食用シリアルや他の食料品を扱っている企業はその家族がどのように朝食を選択するのか、さらにはシリアルのブランドをどのように選択するのかを理解しようと努力するだろう。しかし、その親は、妊娠・出産および育児といった経験を中心に資源を統合することに、より高い関心を寄せている。 7

 そしてこの事例からのメッセージを次のように説明している。

家族は、企業が販売しようとしているサービス・オファリングよりもずっと大きなことのために資源を統合しようとしているのだ。当然のこととして、ビジネス事業体にも同様のことが当てはまる。ビジネス事業体は、供給業者から単にサービス(資源)を購入しているのではなく、他のアクターたちのために魅力ある価値提案を反映させた市場オファリングを創造するために供給業者からのサービス(資源)と社内および公的な資源とを統合しているのだ。

 S-Dロジックでは、「マーケティングはマーケティング部門の役割ではなく、事業体の最も重要な役割」だと見なす。企業の根本的な目的は、「他者にサービスすることによって自社にサービスすること」であると見なす。これは、「他の事業体(個人、家族、企業など)のベネフィットのために適用できる新たな資源を創出するために、内部資源と様々な公的な源泉や市場取引を通じた源泉からの入手可能な資源を統合することによって行われる」。絶えず変化している市場の中で他の事業体と結びつき、さらにそれらの事業体にサービスを提供することをマーケティングと呼んでいる。

 ラッシュ、バーゴ(2016)は、S-Dロジックの枠組みにネットワーク概念を採用することによって多様なアクター間のサービス交換、資源統合、価値共創を包括的に捉えることを試みている。S-Dロジックで定義されているサービスという概念をエコシステムという概念と結びつけて、サービス・エコシステムと捉えると、それはとても有力なものとなると主張する。(図表 12)

図表 12 サービス・エコシステム

出典:ラッシュ, バーゴ (2016) p. 198に基づき作成

 サービス・エコシステムとは、「共通の制度ロジックとサービス交換を通じた相互的な価値創造によって結びつけられた資源統合アクターからなる相対的に自己完結的でかつ自己調整的なシステム」である。サービス・エコシステムの定義には、4つの構成要素をあげている。

  1. 相対的に自己完結的
  2. 資源統合アクターの自己調整的なシステム
  3. 共通の制度的ロジック
  4. サービス交換を通じた相互的な価値創造

 サービス・エコシステムというS-Dロジックの構造化された世界では、「環境」はイノベーションのための場である。価値創造は、ルールや資源リレーションシップの変更によって引き起こされる。このような観点から社会構造を理解することが社会システム内での文脈的な価値共創と資源統合を理解する上での重要な要素であると主張している。サービスに駆動されたこの洞察は、「既存市場の市場シェアを拡大させるためにより良い製品を作ることに焦点をあてるロジックから、戦略優位のために既存市場を再定義したり、あるいは新しい市場を定義して新市場を想像したりすることに焦点を当てるロジックへと企業の戦略優位が転換されることを示唆している」8

 さらにラッシュ、バーゴ(2016)は、イノベーションの管理を取り込むには市場と経営全般に対する「非予測的な」アプローチが必要となることを暗示していると指摘する。そこではエフェクチュエーション理論が役立つと主張している。

 サラスバシー(2015)のエフェクチュエーションは起業家の行動原則を分析する研究である。図表 13は、エフェクチュエーションのプロセスを、現在主流となっているマーケティングの教科書で用いられている「セグメンテーション−ターゲティング−ポジショニング(STP)」と対比させて示したものである。サラスバシーの研究では、彼女の調査に協力した熟達した起業家の誰一人としてトップダウンのコーゼーションのモデルを用いたものはいなかったという。9

 エフェクチュアルな行為者は、手持ちの手段、つまり、「自分は誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」からスタートする。彼の行為は、「彼ができること」と「実行するに値すると信じていること」によって規定される。彼が最初に行うことは、「他の人と相互作用すること」である。その相互作用の一部が新しいベンチャーへのコミットメントに結びつく。しかし、ベンチャーの経営に参画するそれぞれの関与者は、「新しい手段」と「新しい目的」の双方を持ち込む。そして、それぞれのコミットメントは、「拡張」と「収束」の同時発生的なサイクルを作り出す。10

 この動的なプロセスの全体像が図表 14に示される。

図表 13 マーケティングにおける「教科書的モデル(コーゼーション)とエフェクチュエーション」の比較

出典:サラスバシー(2015)p. 50.に基づき作成

図表 14 エフェクチュエーションの動学モデル

出典:サラスバシー(2015)p. 134.に基づき作成

 ラッシュ、バーゴ(2016)は、2つの理由からS-Dロジックとエフェクチュエーション理論には強いシナジーがあると主張する。

第一に、S-Dロジックは、アクターたちは不確実な世界の下で事業を営んでいるが、彼らは自身の行動を通じて学習しており、ある部分、その過程で彼ら自身の新しい環境を創造していると捉えている。しかし彼らアクターたちは、決して完全には自身の新しい環境を創造することはできない。その理由は、構造化理論と一致して、構造がアクターたちに可能性を与えたり制約を与えたりするからである。第二に、S-Dロジックは、価値の共同生産と共創に強い焦点を当てている。この価値の共同生産と共創には他のアクターたちとのコラボレーションも含まれており、この考え方は、自分は誰を知っているのか、そして成果を生み出すために自分が知っている他のアクターと一緒にどのような仕事をしたらよいかに焦点を当てているエフェクチュエーション理論と同じである。11

 彼らはS-Dロジックが「ビジネスのタイプに関係なく、我々の規範的な示唆は、企業が市場にコントロールされたり市場からの制約を受けたりするのではなく、企業が将来の市場をデザインしたり(再)配列したりするために自らの潜在性を具現化するのに役立つように意図されている」という(p. 231)。「S-Dロジックの公理、基本的前提、さらに関連する枠組みにエフェクチュアル思考を適用することで、企業はその運命を形作ることに着手できる」(p. 232)と主張している(図表 15)。

図表 15 S-Dロジック戦略志向に向けて

出典:ラッシュ, バーゴ (2016). p. 232.に基づき作成

 それでは、顧客とのつながりを理解するという本稿の観点から、S-Dロジックをどのように評価できるだろうか。

 大藪(2015)は、S-Dロジック研究の貢献について以下のように議論している。G-Dロジックでは、グッズの交換段階に主眼が置かれ顧客を価値の破壊者と考えてきたが、S-Dロジックは顧客の使用・経験段階に注目し顧客を文脈価値の共創者と捉える。さらに文脈価値は顧客が独自に主観的に判断する。G-Dロジックにおける価値創造プロセスは、製造業者がグッズを生産し、それが販売された時点で交換が終了する。逆にS-Dロジックでは、企業による生産から顧客が購入したグッズやサービシィーズを使用・経験する過程を経て、その顧客が文脈価値を認識するまで交換が継続することになる。つまりS-Dロジックは、G-Dロジックでは企業の生産・流通段階にあった価値創造の重心を顧客の使用プロセスへと完全に転換させたと評価している。12

 田口(2017)は、以下のように述べている。

前者はG-Dロジック的な捉え方で、消費者が有形なものを使い果たしたり破壊したりすることを暗示しており、またそれは消費者を価値の破壊者と見なすものである。これに対して後者は、企業が製品やサービシィーズを提供し、消費者がその使用を通じて物事を成し遂げて文脈価値を知覚することを暗示しており、またそれは消費者を価値の共創者と見なすものである。13

図表 16 サービス・ドミナント・ロジックにおける製品の生産と消費の同時性

出典:田口(2017)p. 112に基づき作成

 以上、見てきたようにS-Dロジックは、売り切って終わりでなく、顧客が使用価値や文脈価値を認識する時点にまで注意を向ける見方に意義があるものと考えられる。
 
 また、S-Dロジックのサービス・エコシステムは、サービス交換を通じた相互的な価値創造のネットワークが制度のもとで動的に変化する構造を描き出しており、これは「顧客とのつながり」を考える視点に洞察を与えるモデルのひとつになり得る。さらに、サービス・エコシステムとエフェクチュエーションを組み合わせた解釈により、顧客との価値共創、および他の企業とのオープンイノベーションも含み、各種のアクター間の複雑で動的な関係のネットワークが価値提案の進歩を生み出しつづける様を描き出すことに成功しているものと評価できるだろう。

 しかしながら、これまで見てきた先行研究の中でもS-Dロジックは非常に抽象的であり、この概念のままで成長企業経営を議論するのは難しい。次章以降では、先行研究の検討を踏まえ、成長企業経営における継続的な「顧客とのつながり」について議論しやすい経営のフレームワークを検討する。

参考文献

Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). The four service marketing myths: remnants of a goods-based, manufacturing model. Journal of service research, 6(4), 324-335.

Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2008). Service-dominant logic: continuing the evolution. Journal of the Academy of marketing Science, 36(1), 1-10.

Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2016). Institutions and axioms: an extension and update of service-dominant logic. Journal of the Academy of marketing Science, 44(1), 5-23.

ラッシュ, ロバート F., バーゴ, スティーブン L. 著, 井上崇道 監訳 (2016) 『サービス・ドミナント・ロジックの発想と応用』同文舘出版.

レビット, セオドア 著, 有賀裕子・DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 訳(2007) 「マーケティング近視眼」, 『T. レビット マーケティング論』ダイヤモンド社 pp. 3-36.

サラスバシー, サラス 著, 加護野忠男 監訳 (2015) 『エフェクチュエーション—市場創造の実効理論—』碩学社.

大藪亮 (2015) 「サービス・ドミナント・ロジックと価値共創」, 村松潤一 編著『価値共創とマーケティング論』同文舘出版 pp. 54-69.

田口尚史 (2017) 『サービス・ドミナント・ロジックの進展—価値共創プロセスと市場形成—』同文舘出版.


  1. レビット(2007)pp.3-36. 原著:Levitt, T. (1960). Marketing Myopia, HBR, July-August 1960. 
  2. S-Dロジックの用語では、複数形のサービシィーズ (services) は無形の財としてのサービスを意味する。 
  3. ラッシュ, バーゴ(2016)p. 6. 
  4. ラッシュ, バーゴ(2016)p. 7. 
  5. Vargo, Lusch (2016). 
  6. Vargo and Lusch (2008) は、「経験的(experience)という用語に触れると、多くのひとが何か『ディズニーワールドのイベント』のような意味合いをイメージしまうようだ」と書いている。彼らが選んだ「現象学的」という用語は英語ではphenomenologicallyである。 
  7. ラッシュ, バーゴ(2016)p. 90 
  8. ラッシュ, バーゴ(2016)p. 29. 
  9. サラスバシー(2015)p. 51. 
  10. サラスバシー(2015)p. 133. 
  11. ラッシュ、バーゴ(2016)pp. 31-32. 
  12. 大藪(2015)p. 66 
  13. 田口(2017)p. 113