情報技術による社会変化、つまり「情報革命」は社会に指数関数的な変化をもたらしています。情報革命は企業から顧客へのパワーシフトをもたらし、テクノロジ企業による従来市場の破壊をもたらし、そしてひとの価値観を変えすべてのモノをサービスにしてきました。

このような時代に、企業は売り切りでは終わることはできず、顧客との継続的なつながりに基づく事業を行うことになります。企業が「顧客とのつながり」を維持・強化するためには、企業は顧客を「成功」させつづけなければなりません。顧客の成功とはすなわち顧客が望む顧客自身の進歩です。企業が成長するための条件は、顧客を成功させつづけることであり、顧客を進歩させつづけることです。どうすればそれが実現できるでしょうか?

デジタルの時代の経営について、一緒に考えていきましょう。

2 「顧客とのつながり」を理解するための先行研究

まず理論面から、本章では、売り切りで終わらない、顧客との継続的なつながりに関する先行研究をレビューする。

2.3. マーケティング3.0とマーケティング4.0

コトラーは、生産主導のマーケティング(1.0)、顧客中心のマーケティング(2.0)を経て、人間中心のマーケティング(3.0)、そしてさらに、技術の融合によってデジタル・マーケティングと伝統的マーケティングが融合するマーケティング4.0を記している。

コトラー(2017)はマーケティング4.0で、技術の融合の集合的インパクトが、世界中のマーケティング慣行に大きな影響を及ぼし、「ここからシェアリング・エコノミー、ナウ・エコノミー、オムニチャネル・インテグレーション、コンテンツ・マーケティング、ソーシャルCRMなどの、新しいトレンドが生まれている」 1 とする。マーケティングはデジタル経済におけるカスタマー・ジャーニーの質の変化に適応する必要があり、「マーケターの役割は、認知(awareness)から最終的に推奨(advocacy)2 に至るまで、カスタマー・ジャーニーの間中、顧客の道案内をすることである」と主張している。

図表 6 カスタマージャーニー

出典:コトラー(2017)p. 100に基づき作成

コトラー(2017)は、今日激しい変化にさらされている従来の権力構造について記し、企業から「つながっている顧客たち(connected customers)」へのパワーシフトについて述べている。「ひとびとの生活に接続性と透明性をもたらしたインターネット」が、こうしたパワーシフトに大きな役割を果たしてきた。「包摂的・社会的な横の力が排他的・個人的な縦の力を打ち負かす世界では、顧客コミュニティは今日、かつてよりはっきり意見を述べるようになっている。大企業や大手銀行を恐れなくなっている。ブランドに関するストーリーを、好意的なものもそうでないものも進んで語り合っている」と指摘する。

今では、ブランドに関するとりとめのないカンバセーション(ネット上や直接の会話)のほうが、的を絞った広告キャンペーンより信用できるようになっている。社会集団が影響力の主な源になっており、外部からのマーケティング・コミュニケーションはもちろん個人の選好さえ圧倒する力を持っている。どのブランドを選ぶか決める時、顧客は仲間の前例に習う傾向がある。それはあたかも、顧客が自分たちの社会集団を使って要塞を築くことによって、ブランドの虚偽の主張や広告キャンペーンのごまかしから身を守っているかのようだ。 3

最終的な推奨に至るまで、カスタマー・ジャーニーの間中、顧客の道案内をするために、企業は顧客のそれぞれの状態が次の状態へ変換(コンバート)されることを目指す。コンバージョン率を上げるために企業ができる介入としてコトラーが挙げているのは、図表 7に示すものである。 4

図表 7 コンバージョン率を上げるために企業ができる介入

出典:コトラー(2017)p. 121に基づき作成

この図において、初回購入(「行動」)を終えた顧客を「推奨」してくれる者へとコンバートするコンバージョン率を上げるために企業ができる介入としては、ロイヤルティ・プログラムや顧客ケアが挙げられている。

さらにコトラー(2017)は、「ブランド・アフィニティを築くためのエンゲージメント・マーケティング」として、携帯アプリ、ソーシャルCRM、ゲーミフィケーションの力の利用を説いている。

顧客を認知から行動まで進ませることに成功したら、マーケターはいわゆるセールス・サイクルを完了したことになる。ほとんどのマーケターが、カスタマージャーニーにおけるこのセールス・サイクルの部分に、他の部分より力を入れるのは無理からぬことだ。しかしながら、顧客を行動から推奨に進ませることの重要性を過小評価してはならない。実のところ、カスタマー・ジャーニーにおけるこの最後の段階こそが、デジタル・マーケティングを伝統的マーケティングと区別する要素なのだ。デジタル経済では、モバイル接続とソーシャル・メディア・コミュニティの空前の普及により、推奨の力が増幅されるからである。 5

そして「初回購入者を忠実な推奨者にコンバートするためには、一連の顧客エンゲージメント活動が必要である」と主張し、デジタル時代にエンゲージメントを強化できる一般的な手法として次の3つを挙げている。

  1. モバイル・アプリを使ってデジタルな顧客経験を高めること
  2. ソーシャルCRM(顧客リレーションシップ管理)アプリケーションを使って、顧客をカンバセーション(ネット上や直接の会話)に参加させ、ソリューションを提供するという手法
  3. ゲーミフィケーションの利用。これは適切な顧客行動を促進することによって、エンゲージメントを強化する助けになる

さらに最善の結果に至るためにはこれら3つの手法を組み合わせて使うべきであるとしている。以下では一番目と二番目の手法について掘り下げ検討しよう。

第一のモバイルアプリを使ったデジタルな顧客体験の向上では、特にスマートフォンの効果を強調する。

アフターサービスとの関連では、アルカテル・ルーセントの委託を受けてブラジル、日本、イギリス、アメリカで実施された調査で、スマートフォン・ユーザーはヘルプ・デスクよりセルフサービス・アプリを好むことが明らかになった。人々は自分のスマートフォンに愛着を持つようになり、それを常に身近に置いている。スマートフォンは、ほぼ間違いなく顧客とのエンゲージメントを築く最善のチャネルになっている。そのため、スマートフォンのアプリを通じて顧客に働きかけ、顧客とエンゲージメントを築くことが、マーケターにとってどうしても必要になる。 6

特に強調されているポイントは、「顧客はブランドにアクセスする手段を今ではポケットの中に持っている」ので、顧客は何の労力もかけずにブランドとインタラクションできるという点である。

続いて、デジタル時代にエンゲージメントを強化できる一般的な手法の二番目は、ソーシャルCRMによるソリューションの提供である。ソーシャルCRMとは「ソーシャル・メディアを使って顧客とのインタラクションを管理し、長期的なリレーションシップを生み出すこと」7 であり、「顧客エンゲージメントを生み出すために欠かせないツールになるだろう」としている。

 ソーシャル・メディアの性質上、ソーシャルCRMはカンバセーションの形をとる。一方的かつ循環的な伝統的CRMとは異なり、ソーシャルCRMは継続的なダイアログを伴う。ダイアログはブランドと顧客の間だけでなく、コミュニティ内の顧客どうしの間でも行われる。社会力学が作用するので、問題を封じ込めたり隔離したりすることはまずできない。潜在顧客を含めて誰でもブランドの対応を目にすることができ、カンバセーションへの参加が可能である。

コトラーは、ここでいうソーシャルCRMとソーシャル・メディア・マーケティングは同じ概念ではないと強調する。ソーシャル・メディア・マーケティングはソーシャル・メディアを通じてブランド・メッセージやコンテンツを伝える活動である。それに対して、ソーシャルCRMは「顧客の問題を解決する活動」である。もし、問題解決の結果として、顧客を感嘆させることができれば、ソーシャルCRMは優れたソーシャル・メディア・マーケティングの取り組みにもなる。2つの概念はそのような関連として説明されている。

図表 8 マーケティング3.0に描かれたマーケティングの未来

出典:コトラー, カルタジャヤ, セティアワン(2010)に基づき作成

一方、コトラー(2010)は、「今日の消費者は、自分たちだけのコミュニティに集い、自分たちだけの製品や経験価値を共創し、そのコミュニティの外には、賞賛に値するキャラクター(個性)を持つ人物を探すときしか目を向けない」8 と指摘する。企業が成功するためには、消費者が共創やコミュニティ化やキャラクターをますます重視するようになっていることを理解する必要があるというのである。

 テクノロジーは国や企業を結びつけてグローバル化の方向に進ませるだけでなく、消費者を結びつけてコミュニティ化の方向に進ませる働きもする。コミュニティ化という概念は、マーケティングにおける部族主義の概念と密接に関連している。セス・ゴーディンはTribes(部族)で、消費者は企業とではなく他の消費者とつながることを望んでいると主張した。この新しいトレンドを取り込みたいと思う企業は、コミュニティの中で消費者が互いにつながる手助けをする必要がある。ゴーディンは、ビジネスで成功するためにはコミュニティの支持が必要だと説いている。

そして消費者のコミュニティにはプール型とウェブ型とハブ型があるというフルニエとリーの主張に言及する。プール型コミュニティの消費者は同一の価値を共有しているが、必ずしも互いに交流するとはかぎらない。多くの企業が育成すべきブランド・ファンの典型的な集まりであるとされる。ウェブ型コミュニティの消費者は互いに交流する。これは典型的なソーシャル・メディア・コミュニティで、結びつきを支えているのはメンバー間におけるワン・トゥ・ワン・リレーションシップである。ハブ型コミュニティの消費者は強力な人物の周りで忠実なファン層を形成する。

 コミュニティのこの分類は、消費者は互いにつながるか(ウェブ)、リーダーにつながるか(ハブ)、考えにつながるか(プール)のいずれかだとするゴーディンの主張と一致している。ゴーディンとフルニエとリーはこぞって、コミュニティは企業に役立つためではなくメンバーに役立つために存在すると考えている。企業はこのことを認識し、コミュニティのメンバーに役立つ活動に参加する必要がある。

以上、見てきたように「つながっている顧客」たちへのパワーシフトの結果、主流派マーケティングにおいても販売後の顧客との長期的な関係性を重視するようになってきている。初回購入者を忠実な推奨者にコンバートするために一連の顧客エンゲージメント活動が行われるべきであるという主張は実際的であるといえる。活動手段の柱として挙げている、顧客が持つスマートフォンによる顧客接点と、顧客たちがソーシャル・メディア上に顧客主導で形成するコミュニティとの対話は、どちらも非常に重要である。特に、ソーシャルCRMにおいて顧客コミュニティに対する企業の働きかけはあくまで顧客の問題を解決する活動であり、ブランド・メッセージやコンテンツを押し付けるという意味でのマーケティング活動ではないという位置付けは、繰り返し指摘する価値のある見識だろう。

企業が「顧客とのつながり」を理解する上で、現在の顧客は企業とつながろうとしているのではなく、むしろ他の顧客とつながろうとしているのであるという視点も大切だと考える。自らを含むコミュニティのベネフィットのために、顧客はコミュニティとのつながりから情報を需要し、同時にコミュニティとのつながりへ情報を供給し、互いに貢献する。さらに現在のSNSは、ただ友人とつながる(ウェブ型)だけでなく、他のユーザをフォローする機能によるインフルエンサーとのつながり(ハブ型)や、ハッシュタグやトピックの検索で動的に構成されるタイムラインによるミーム 9 とのつながり(プール型)の強化においても、顧客コミュニティに大きな影響を与えていることを付け加えたい。

参考文献

コトラー, フィリップ., カルタジャヤ, ヘルマワン., セティアワン, イワン 著, 恩藏直人 監訳 (2010) 『コトラーのマーケティング3.0 —ソーシャル・メディア時代の新法則』朝日新聞出版.

コトラー, フィリップ., カルタジャヤ, ヘルマワン., セティアワン, イワン 著, 恩藏直人 監訳 (2017) 『コトラーのマーケティング4.0 —スマートフォン時代の究極法則』朝日新聞出版.

ドーキンス, リチャード 著, 日高敏隆・岸由二・羽田節子・垂水雄二 訳 (2006) 『利己的な遺伝子 <増補新装版>』紀伊国屋書店.


  1. コトラー(2017)p. 2 
  2. ここでコトラーはアドボカシーという用語を、顧客がコミュニティに対してブランドを推奨するという意味で用いている。 
  3. コトラー(2017)p.23 
  4. カスタマージャーニーは顧客体験のモデルであるが、マーケティング・マネジメントのツールとしてそのまま「ファネル」を設計する枠組みにも使われる。顧客を層別に捉えて、ある層から次の層へ変換させることに成功する割合によって、施策の効果を計測するアプローチである。顧客セグメントを企業が制御可能な対象と見る。制御できることに集中する、実務にあたるマーケターのための実際的な世界観といえる。興味深いことに、図表 7においても「残念ながら、マーケターは、顧客と推奨者とのカンバセーションの結果は決してコントロールできない。したがって、5A全体のコンバージョン率のうち好奇心レベルだけは、1に近づくべきではない」と書いている。 
  5. コトラー(2017)p. 226 
  6. コトラー(2017)p. 227 
  7. コトラー(2017)p. 233 
  8. コトラー(2010)p. 58 
  9. ドーキンス(2006)