情報技術による社会変化、つまり「情報革命」は社会に指数関数的な変化をもたらしています。情報革命は企業から顧客へのパワーシフトをもたらし、テクノロジ企業による従来市場の破壊をもたらし、そしてひとの価値観を変えすべてのモノをサービスにしてきました。
このような時代に、企業は売り切りでは終わることはできず、顧客との継続的なつながりに基づく事業を行うことになります。企業が「顧客とのつながり」を維持・強化するためには、企業は顧客を「成功」させつづけなければなりません。顧客の成功とはすなわち顧客が望む顧客自身の進歩です。企業が成長するための条件は、顧客を成功させつづけることであり、顧客を進歩させつづけることです。どうすればそれが実現できるでしょうか?
デジタルの時代の経営について、一緒に考えていきましょう。
2 「顧客とのつながり」を理解するための先行研究
まず理論面から、本章では、売り切りで終わらない、顧客との継続的なつながりに関する先行研究をレビューする。
2.2. アドボカシーマーケティング
情報革命の進展により生まれたインターネットは、顧客が持つ力を強めた。アーバン(2006)は、「カスタマー・パワーの増大」の時代に、マーケティングパラダイムが変化しつつあり、企業が成功を収めるにはアドボカシー戦略が不可欠であると主張している。
インターネットの出現によって、顧客は製品やその関連情報はもとより、製品やサービスに不満を持った人が語るクチコミ情報さえも入手できるようになった。競合他社の製品に関しても、あらゆる情報が手に入る。インターネットの世界では、自社も競合他社も、創業まもない無名の企業も、顧客との距離は等しい。どの企業にも、たった一度のクリックで手が届く。手軽に膨大な情報を得ている顧客は、より厳しく、より慎重に、あなたの製品やサービスを見極める。 1
アーバンは以下のように主張する。カスタマーパワーの増大に対して、メディア広告によるプル戦略や価格プロモーションによるプッシュ戦略を強化したり、一方的なコミュニケーションで人を惑わしたりするプッシュ・プル戦略は役立たない。メディアの細分化、消費者の不信感、時間に追い立てられる現代のライフスタイルといった状況において、「無防備な顧客に情報や製品を押し付ける」という従来型の手法は苦戦を強いられるというのだ。
また、多くの大手企業がリレーションシップ戦略をとることによって、改めて顧客に焦点を当てているとしている。顧客満足度の測定と明示、一貫性のある顧客インタフェースの構築、TQM(total quality management: 統合的品質管理)による質の高い製品の製造、そして個人向けサービスのさらなる充実といった方法がとられている。
その取り組みを支えるCRM(customer relationship management)ソフトウェアは、ワン・トゥ・ワン・マーケティングに必要なデータや機能を企業に提供するとともに、一貫したワンストップ・サービスのためのインタフェースを構築する。CRMは、企業が個々の顧客を理解したり、顧客ごとに一貫したメッセージやサービスを提供したりする上で役に立つ。顧客の「習慣」を知ることによって、ターゲット顧客を明確に絞り込み、彼らの心を引きつける情報提供やプロモーションを、以前よりも効果的に行うことができるのだ。 2
顧客は「一対一の関係の重視」というこの傾向を歓迎しうる。CRMの理想は、企業の顧客の間により緊密で前向きな関係を築くことにあると言われていた。しかしアーバンによれば、現実の企業は顧客のプライバシーを侵害するようなマーケティング活動に陥りがちであり、現実のCRMはプッシュ・プル型のマーケティングをただ効率よく推進するツールになりがちであった。米国の2003年の資料を参照し、「CRMを導入した企業の55%が失敗に終わっているのも無理はない」と嘆いている。プッシュ・プル型のCRMはカスタマー・パワーが支配する社会ではうまく機能しない。必要なのは、顧客との長期的な関係を築くことによってCRMの理想を追求することであり、さらに、「アドボカシー(顧客支援)こそ、有効で新しい戦略である」としている。
顧客利益を忠実に代弁するアドボカシー戦略のアプローチでは、企業は顧客や見込客に対して、あらゆる情報を包み隠さず提供する。
つまり、顧客が最高の製品を見つけられるように企業がアドバイスする。しかもその製品は自社製品とは限らない。競合他社の製品を薦めることさえあるのだ。愚かなことだと思うかもしれない。しかし「真実はいずれ顧客に知り尽くされる」という現実は、このアプローチの妥当性を証明している。企業が真実を歪めても、顧客はそのことを見抜いてしまい、場合によっては報復するからだ。もちろん、顧客に対して誠実であるためには、当然ながら質の良い製品が必要だ。しかし、最高の品質でなかったとしても、そのことを包み隠さず説明するのがアドボカシー戦略である。 3
アドボカシー戦略は、顧客に向かって一方的に意見を押し付けるものでなく、企業と顧客の双方で意見を交わし合うものであるとしている。企業が顧客を支援すれば、顧客は信頼、購買、長期のロイヤルティによって報いてくれるという考え方だ(図表 4)。企業と顧客がお互いの利益のために形成するパートナーシップ(協力関係)とも言える。企業が顧客の利益のために働くのに対し、顧客はその企業の製品を購入し、製品の改善にも協力するものと期待する。
つまり、企業と顧客の間に、持ちつ持たれつの協力関係が成り立つのである。重要なのは、顧客が他の顧客に対して、あなたの会社や製品について話してくれるだろうということだ。あなたの会社との前向きなパートナーシップについて、顧客が誰かに話してくれれば、あなたの会社は顧客獲得コストを減らすことができる。しかも、あなたの会社の製品に対する顧客の選好度はますます高まる。
そこで「顧客への支援(アドボカシー)を徹底することで、顧客の信頼を得ること」が重要だとしている。ここでアドボカシーは企業が顧客を支援することを意味し、結果として企業と顧客が相互に支援しあう関係の構築を目指している。
図表 4 企業は顧客を支援し、顧客は企業を支援する
出典:アーバン(2006)p. 42 に基づき作成
図表 5は、アドボカシー戦略の基礎を定義する「アドボカシー・ピラミッド」である。TQMと顧客満足はピラミッドの土台でありどちらもアドボカシーの必要条件である。企業が本気で自社製品を顧客に薦めたいのであれば、まず、薦めるに足るだけの優れた背品を作らなければならない。次に、ピラミッドを中央で支えるのはリレーションシップ・マーケティングである。CRMは顧客に対する支援のパーソナライゼーション(個別化)に必要なツールを提供する。そしてピラミッドの頂点に「アドボカシー(顧客支援)」がある。
図表 5 アドボカシー・ピラミッド
出典:アーバン(2006)p. 43に基づき作成
リレーションシップ・マーケティングの基本は「顧客を理解し、そのニーズを満たす」ことである。アドボカシーの基礎は「顧客の利益の最大化や顧客とのパートナーシップの構築」にある。
アドボカシー型のマーケティングのための7つのルールが紹介されている。
- 顧客を支援せよ
- 優良製品へ重点的に投資せよ
- 価値を創造せよ
- 顧客とともに製品を作れ
- (顧客との約束を)完全に実行せよ
- 顧客にとって優良企業であれ
- 顧客の長期的な信頼関係を測定せよ
これらの中からルール6を取り上げると、このルールでは「顧客を自社の <優良顧客> にするにはどうすればよいか」ではなく、「自社が顧客にとっての <優良企業> になるにはどうすればよいか」を自問することを求めている。
最初の購買の直後に追加的なサービスを提供し、製品のリピート購買だけでなく、顧客との関係構築まで促進することにより、長期的に互いの利益となる関係を作らなければならない。また、多種多様なニーズに合ったサービスを開発し、顧客との関係を深めることが重要だ。そして特定の製品の市場シェアではなく、ターゲット市場のニーズのシェアに焦点を合わせよう。 4
以上、見てきたようにアドボカシー・マーケティングは、プッシュ・プル型マーケティングの対極に、当時のリレーションシップ・マーケティング(CRM)よりもさらに強固な顧客との信頼関係構築を目指すものである。徹底的に透明性を確保して顧客を支援することで、結果として顧客から支援され推奨が得られるという信念に根ざしている。理想論にも響くが、カスタマーパワーの時代に勝ち残る道は、顧客への貢献によって信頼を積み上げ、顧客に選んでもらう関係を築くより他にないと筆者も考える。心理的ロイヤルティ、あるいは顧客シェアの獲得を目標に、顧客を支援するアドバイザ機能の重視や、顧客のために自社を改革しながら顧客を支援する点は、現在我々が置かれている状況の中で顧客とのつながりを考えるための原型を与えてくれる。
参考文献
アーバン, グレン 著, スカイライト コンサルティング 監訳 (2006) 『アドボカシー・マーケティング—顧客主導の時代に信頼される企業』英治出版.