情報技術による社会変化、つまり「情報革命」は社会に指数関数的な変化をもたらしています。情報革命は企業から顧客へのパワーシフトをもたらし、テクノロジ企業による従来市場の破壊をもたらし、そしてひとの価値観を変えすべてのモノをサービスにしてきました。
このような時代に、企業は売り切りでは終わることはできず、顧客との継続的なつながりに基づく事業を行うことになります。企業が「顧客とのつながり」を維持・強化するためには、企業は顧客を「成功」させつづけなければなりません。顧客の成功とはすなわち顧客が望む顧客自身の進歩です。企業が成長するための条件は、顧客を成功させつづけることであり、顧客を進歩させつづけることです。どうすればそれが実現できるでしょうか?
デジタルの時代の経営について、一緒に考えていきましょう。
2 「顧客とのつながり」を理解するための先行研究
まず理論面から、本章では、売り切りで終わらない、顧客との継続的なつながりに関する先行研究をレビューする。
2.1. 従来の見方:価値所与と交換価値、グッズ・ドミナント・ロジック
売り切りで終わらず顧客とつながり続けることを重視するマーケットの見方を理解するために、ここではまずその逆の見方について検討する。
これまでの主流マーケティングでは、製品を売って完結する活動を議論してきた。企業は生産の過程で製品に価値を作り込み、市場において消費者との間で製品と貨幣の交換を行う。この見方をVargo and Lush(2008)は、グッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック)と呼んでいる。G-Dロジックとは、図表 3のように、グッズ(財、特に製品)を中心に据えて経済交換を捉えるマインドセットあるいはレンズである。G-Dロジックは、その対比として、サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)を説明するために議論されている。1
G-Dロジックについて田口(2017)は以下のようにまとめている。
このロジックは、経済交換の基盤は企業のアウトプットとしての「(有形および無形な)財」であると捉える。つまり、G-Dロジックとは、経済的交換の中で売り手と買い手との間でやりとりされるのは製品(グッズ)と貨幣であると捉える見方である。この見方によれば、企業は、供給業者から原材料などを購入し、「生産者」として製造過程でそれらの原材料に「価値を付加」し、価値が付加されたその製品を消費者に引き渡す。他方、それを購入した「消費者」は、製品を受け取る代わりに、その代金として貨幣を差し出す。製品を手に入れた消費者は、その製品を消費する(使い果たすこと)ことによって、製品に付加された価値を破壊することになる。
G-Dロジックはグッズを中心に焦点を当て、企業を中心に焦点を当て、交換価値を中心に焦点を当てる。企業が価値を作り込んだグッズの交換価値に注目し、売り切りで完結する見方である。財を基盤とする経済交換は、顧客を重んじず使用価値を重んじない見方であり、売った後の顧客との継続的なつながりに焦点は当たらない。これが産業革命に基づく「第二の波」の主流マーケティングと一般的な経営におけるものの見方であると言えよう。
図表 3 グッズ・ドミナント・ロジックのレンズ
出典:ラッシュ, バーゴ(2016)p. 11 に基づき作成
参考文献
Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2008). Service-dominant logic: continuing the evolution. Journal of the Academy of marketing Science, 36(1), 1-10.
田口尚史 (2017) 『サービス・ドミナント・ロジックの進展—価値共創プロセスと市場形成—』同文舘出版.
ラッシュ, ロバート F., バーゴ, スティーブン L. 著, 井上崇道 監訳 (2016) 『サービス・ドミナント・ロジックの発想と応用』同文舘出版.
- サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)は、売り切りで終わらず顧客とつながり続けることを重視するマーケットの見方を示すマーケティング研究の1つである。2.4節で議論する。 ↩